朝倉歴史資料室

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かつて、本校史学部は地元の埋蔵文化財の発掘・保護活動に大活躍していました。現在は、当時発掘された膨大かつ多種多様にわたる文化財の整理保管に努めています。それら歴代史学部の集大成をこの「朝倉歴史資料室」で目にすることができます。  

見学をご希望の方は、朝倉高校事務室(0946-22-2043)へご連絡ください。

 

 

「天王日月獣文帯四神四獣鏡」(朝倉市小隈 神蔵古墳),甕棺【左:縄文晩期より右:弥生中期へ時代の変遷】

 

 

有柄式石剣(朝倉市馬田 上原遺跡),丹塗大形器台(朝倉市筑前町 栗田遺跡) 

 

展示されている文化財は、先土器時代から縄文~弥生時代にかけての石器・土器を中心に古墳時代の勾玉・耳環などの装飾品や埴輪など。いずれも、甘木朝倉地方の遺跡から発掘されたもので、学術的価値が高いものも含まれています。  

 

      【先土器時代】

 

 

     【縄文時代】

 

     【弥生時代】

 

 

      【古墳時代】

 

 

《主な考古出土品》

  朝倉地区では、古くから「朝倉高等学校史学部」の活動が知られており、これらの考古出土品は1950年~60年代を中心に朝倉高等学校史学部が発掘したものです。その活動は、朝倉地域の歴史研究に大きく貢献しました。また、この考古出土品の中には考古学的価値の高いものが多く、県内の博物館や大学の研究機関に貸し出しているものもあります。

  昭和42年史学部発掘調査の様子 

馬形埴輪(うまがたはにわ)】 福岡県朝倉市鬼の枕古墳 古墳時代 6世紀

本品は大きな目鼻により馬の表情が豊かに表現され、美術的にも価値が高い。顔の側面には馬を制御するための手綱の表現が残る。 

  

 

【勾玉(まがたま)・管玉(くだたま)・算盤玉そろばんだま)・切子玉(きりこだま)
 福岡県朝倉市大岩西部1号墳 古墳時代 6世紀
古墳時代の装身具の中で、石製玉類は一般的にみられるものである。
本品は碧玉、メノウ、水晶で作られており、古墳に副葬されたものである。

 

 

  革袋形提瓶(かわぶくろがたていへい) 福岡県朝倉市大岩西部1号墳 古墳時代 6世紀
革を縫い合わせた巾着をかたどった土器で、下辺には紐でとじ合わせた形状まで再現されている。

  

 

【乳脚文鏡(にゅうきゃくもんきょう) 福岡県朝倉市小塚古墳 古墳時代 6世紀
弥生時代から古墳時代にかけて古代日本の有力者は鏡を好んだらしく、古墳の副葬品にも多くみられる。本品のように本来の輝きを保つ部分が多い鏡は珍しい。

 

 

【磨製石剣(ませいせっけん) 】福岡県朝倉市馬田上原遺跡 弥生時代 前4世紀
水稲耕作の技術とともに伝わったもののひとつに石製の武器がある。
石剣の切っ先が刺さった人骨の存在から、弥生時代には戦いが行われたと考えられる。

 

 

【銅矛(どうほこ) 福岡県朝倉市下淵 弥生時代 1世紀
朝鮮半島から伝わった青銅製の武器は、しだいに大型化し、祭祀(さいじ)に用いられるようになった。
本品も大型化し、祭祀(さいじ)に使われたもので、3口まとめて埋められていた中のひとつである。 

   (写真提供:九州国立博物館)

 

【丹塗土器(にぬりどき)】 福岡県筑前町栗田遺跡 弥生時代 1世紀
表面にベンガラ(酸化鉄)を塗り、鮮やかな赤い色に仕上げた土器を丹塗土器という。
祭りの際に使用された土器と考えられている。

 

 

【壺(つぼ)】  福岡県朝倉市馬田上原遺跡 弥生時代 前4世紀
本品のような小さな壺(つぼ)を墓に副葬する風習も朝鮮半島から伝わった。
水稲耕作が伝わった頃の北部九州では、朝鮮半島の土器に形も作り方もよく似た壺(つぼ)が作られた。九州内陸で出土したことは学術的に興味深い。

  (写真提供:九州国立博物館)

 

【壺棺(つぼかん) 福岡県朝倉市馬田上原遺跡 弥生時代 前4世紀
弥生時代の北部九州では、初めから棺として大型の甕(かめ)をつくり、遺体を埋葬する甕棺(かめかん)葬が行われた。
本品は甕棺(かめかん)葬が行われ始めた頃のもので、かめではなく壺(つぼ)を用いている。

   

考古出土品解説:九州国立博物館(2016) ※九州国立博物館より掲載許可済

 

平成28年7月「全国高等学校考古名品展」に出品

 全国の高等学校には多くの考古資料が保存されてます。九州国立博物館は、その中からから貴重な名品を選び「全国高等学校考古名品展」で展示・紹介をしています。 2016年の「全国高等学校考古名品展2016」(2016年7~9月開催)では、本校から貴重な11品が選ばれ展示されました。

   

  左より壺棺(つぼかん)、壺(つぼ)、磨製石剣、馬形埴輪  ※九州国立博物館より撮影・掲載許可済

 

 

平成28年10月甘木歴史資料館「筑紫の宝庫-朝倉高校考古名品展-」に100点以上展示

「近年、昭和30~40年代を中心に、各地で活動していた高等学校の史学部などが調査研究した文化財に焦点をあて、その活動の意義を見直す展覧会が開かれています。すでに埋もれつつあるものも多い中、地域の歴史を再発見する契機になっています。朝倉市では県立朝倉高等学校史学部の活動が古くから知られています。校内に展示室が併設されるほど、調査研究によって発見された文化財が多くあります。史学部が刊行した『埋もれていた朝倉文化』は朝倉の原始・古代を考える上で大きな財産となっています。本展覧会では、朝倉高校史学部が発掘した遺物の中から選りすぐりの名品を紹介しました。」(展示期間2016年10月18~12月18日) (甘木歴史資料館平成28年度秋季企画展第2弾展示解説文より) 

    

【鬼の枕古墳】 古墳時代後期

鬼の枕古墳は、古くから市内にある前方後円墳のひとつとして知られていたが現在消滅している。前方後円墳、2つの部屋を有する横穴式石室、墳丘表面の葺石、周囲に配列された埴輪の出土から地域の首長クラスの人物が埋葬されていたと考えられる。主な出土品は円筒埴輪、馬型埴輪、須恵器など、特に出土した馬形埴輪はとてもリアルな造形で知られている。

   

【東小田集落群】弥生時代   【下渕】弥生時代中期

 下渕から出土した3口の銅矛は、一つは太宰天満宮が所蔵し、あと一つは所在不明となっている。 

     

【東小田沼尻遺跡】弥生時代早期~前期

東小田沼尻遺跡(東小田峯遺跡1号墳丘墓)はその後の調査と合わせて東小田峯遺跡1号墳丘墓とも言われる。王墓と考えられる甕棺(かめかん)が確認された東小田峯遺跡に隣接している。周溝に区画された低墳丘を持つ墓であると思われ、弥生時代前期初頭~後半の時期に社会階層が既に分化していた可能性を示す。

 

【馬田上原遺跡】弥生時代早期~前期

馬田上原遺跡は段丘上に立地し、昭和33年に史学部が調査した。弥生時代中期を中心とした甕棺(かめかん)墓群が確認された。そのほか、注目すべきものとして弥生時代初期の甕棺(かめかん)墓や、本来土壙(どこう)墓に副葬されていたであろう小壺(こつぼ)1点や有柄磨製石剣が2本出土している。朝倉のような内陸部でもいち早く弥生文化が流入していたことを物語る資料と言えよう。

 

【後世に伝える】

「朝倉高校創立60周年を記念して制作された『埋もれていた朝倉文化』は『史学部報』16号までの成果を再録し、朝倉高校史学部の調査成果を広く知らしめるとともに、情報の共有化を推し進めた。開発による消滅の危機に瀕した遺跡を記録保存したことは重要な成果であり、『埋もれていた朝倉文化』以外で現在概要を知れない遺跡も多い。」 

  

展示品解説:甘木歴史資料館平成28年度秋季企画展第2弾展示解説文より ※甘木歴史資料館より撮影・掲載許可済

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