学校沿革

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平成20年 5月24日

創立100周年記念式典を挙行す

平成19年 10月31日

正門、石碑竣工

平成17年 3月17日

「抜山蓋世」の扁額 披露式

平成16年 3月25日

吹奏楽部の中にマーチングバンド設立

平成14年

生徒用木製机・椅子整備事業(平成17年度まで)

平成12年 7月27日

朝高歴史資料館と朝高資料室「からたち」を併せて
「朝高の博物館」とする

平成11年 6月6日

一原堂竣工

5月24日

創立90周年記念式典を挙行す

3月11日

テニスコート・バス通用門竣工グラウンド整備工事

平成8年 3月19日

朝高資料館「からたち」竣工

平成4年 3月31日

パソコン・LL教室・多目的ホール倉庫(2階建)竣工

平成3年 3月22日

弓道場竣工

平成元年 5月24日

創立80周年記念式典を挙行す

昭和63年 3月31日

体育部室(10部室)竣工

昭和54年 5月26日

創立70周年記念式典を挙行す

5月20日

歴史資料館」竣工、 前庭植樹・舗装

4月13日

旧郷土館を壊し、その跡地に食堂新築

昭和52年 5月30日

図書館(視聴覚教室)竣工

昭和46年 7月1日

プール改築成りプール開きを行

昭和45年

研修科を設置

昭和44年 10月15日

朝高会館が竣工・食堂開設

昭和40年 5月22日

34年1月14日機工の校舎全面改築の達成と
体育館兼講堂の落成記念式典を挙行す

昭和36年 7月28日

西日本一(当時)の無元天文台が設置

昭和32年 4月1日

東校舎の職業課程を分離、あらたに同地に
福岡県立朝倉東高等学校(12学級)創設さる

昭和30年 5月21日

校訓「聡明・自立・敬愛」が制定され、
同月の校歌、前年5月の校旗制定と象徴整う

昭和24年 4月1日

統合後の福岡県立朝倉高等学校が発足
同窓会も8月の統合総会で朝倉会と称し、発足す

昭和24年 3月31日

綜合高校・男女共学推進の占領政策で
朝倉高等学校と朝倉女子高等学校の統合が発令さる


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↓ 統合前の各学校の沿革 ↓

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昭和24年 3月31日

組合立解散自然廃校

希望生徒は朝倉女子高等学校に編入学、校舎は甘木町に返還さる

昭和18年 4月1日

新中学校令に準拠し高等女学校に昇格福岡県立甘木高等女学校と改称

本科は1部と称し、4年制8学級400名、研究科は2部と称し2年制2学級100名の定員となる

昭和10年 9月30日

乙種程度の中学校に改組、研究科と改め、甘木実業高等女学校と改称

昭和8年 3月27日

実業補習学校令により朝倉郡女子実業女学校と改称

男子部廃紙女子部定員250名とす

大正14年 4月1日

甘木町立甘木実業専修学校と改称

女子部を拡張本科3年研究科2年を設置

大正13年 4月16日

大正5年甘木尋常小学校の附設の甘木町立実業補習学校、
独立の実業補習学校となる


昭和23年 9月30日

福岡県立朝倉女子高等学校定時制夜須分教場、県教育委員会より認可さる

4月1日

福岡県立朝倉女子高等学校設置

3月31日 学制改革により自然廃校となる
大正4年 4月1日

郡立朝倉実科高等女学校と改称
定員200名とす

明治43年 3月14日

郡立朝倉女子実業学校設置認可
女子・実業教育振興奨励の時勢に地元の熱誠実る


昭和23年 3月31日 学制改革により自然廃校となるも、
翌4月1日より福岡県立朝倉高等学校夜間課程となる
昭和18年 4月1日 1月公布の中学校令に準拠、入学資格国民学校高等科修了の
県立の3年制夜間中学校として設置される
朝倉中学校長校長兼務、校舎も同中学校舎を併用す

昭和23年 3月31日

学制改革により自然廃校となるも、
翌4月1日より福岡県立朝倉高等学校設置さる

大正2年 3月31日

全校舎落成す
敷地1万坪、建物2,054坪、運動場2,500坪、建築予算12万6千円

明治41年 4月23日

入学式
新築なったばかりの群立農学校校舎を仮校舎として、この日150名の入学式を挙行す
翌24日より授業開始。5年制、15学級、定員600名と定められる。

明治41年 3月18日

文部省告示第90号を以って4月1日開校の件認可さる
機運熟し地元の宿願結実す




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